国際シンポジウム「北方民族のエスニシィティとアイデンティティ」 煎本 孝
第3回北方学会国際シンポジウムが、北海道大学主催のもと、平成12年10月12−14の3日間にわたり、札幌天神山国際ハウス、および北海道大学学術交流会館において開催された。約150名の国内参加者に加え、中国、モンゴル、アメリカ合衆国、カナダ、イギリス、スウェーデン、ロシア、ノルウェー、フィンランド、フランス、ポーランドなどからの26名の外国人研究者の参加を得た。本国際シンポジウムにおいては、北ユーラシア、日本、北アメリカを含む北方諸民族のエスニシィティとアイデンティティの実態に関する討論が行われ、北方諸民族の文化復興運動とアイデンティティ、民族と国家との関係、民族紛争とその解決、多様な文化の共存と相互理解が課題として取り上げられた。そして、エスニシィティとは何か、アイデンティティとは何か、そして両者の関係はいかなるものかが論点とされた。
平成12年10月12日(木)は札幌天神山国際ハウスにおいて会議が開会され、開会の辞が開催責任者(議長)煎本 孝から述べられ、北海道大学総長、札幌市長からの歓迎の辞が披露された後、午前中にセッション1:日本とアイヌのエスニシィティとアイデンティティ、セッション2:アラスカ・エスキモーとカナダ・イヌイットのエスニシィティとアイデンティティ、午後にはセッション2(続)、セッション3:北アメリカ・ネイティヴのエスニシィティとアイデンティティが行われ、午後六時からはオープニング・パーティーがとり行われた。
10月13日(金)は、同会場において、午前中はセッション4:北アジアとシベリア諸民族のエスニシィティとアイデンティティ、午後にはセッション4(続)、およびセッション五:モンゴルと北欧サーミのエスニシィティとアイデンティティが行われ、引き続き総合討論が行われた。
10月14日(土)は午前中は北海道大学植物園・博物館への訪問、午後は北海道大学学術交流会館において、特別講演、1、北方民族のエスニシィティとアイデンティティ(煎本 孝)、2、デネ・ザ・ファースト・ネーションズ:変化と継続(ガリー・オーカー)、3、現代北欧サーミのヨイク詩劇(ニルス・アスラック・ヴァルケアポ)が開催され、閉会に至った。なお、発表者、発表題目の詳細は以下の通りであった。
平成12 年10月12日(木)
会議登録(札幌天神山国際ハウス)
会議開会 開会の辞 煎本 孝
歓迎の辞
北海道大学総長 丹保憲仁
札幌市長 桂 信雄
セッション1:日本とアイヌのエスニシィティとアイデンティティ
中本ムツ子(アイヌ無形文化伝承保存会)
アイヌ文化を再認識する
貝澤耕一(平取アイヌ文化保存会)
アイヌの精神を受け継ぐ
煎本 孝(北海道大学)
阿寒まりも祭りにおけるアイヌのアイデンティティと民族的共生
セッション2:アラスカ・エスキモーとカナダ・イヌイットのエスニシィティとアイデンティティ
ジョージ・チャールズ(アラスカ大学)
ユピック・エスキモーのエスニシィティとアイデンティティ
アン・フィエヌップ‐リオルダン(アメリカ合衆国国立文書館)
ユピックの文化主義とカリスタ長老会議
岸上伸啓(国立民族学博物館)
カナダにおけるイヌイットのアイデンティティ:イヌックであることと資源分配
昼食
セッション2:(続)
エディー・ターナー(ヴァージニア大学)
北アラスカのイヌピアットにおける弁護人類学とこの10年間における民族学の一般的役割
宮岡伯人(大阪学院大学)
環太平洋における危機に瀕する言語に関する日本の考案
セッション3:北アメリカ・ネイティヴのエスニシィティとアイデンティティ
ハーヴェイ・フェイト(マクマスター大学)
アイデンティティの対抗像:「白人」の政治・文化とインディアンの実践
大曲佳世(日本鯨類研究所)
西ジェームス湾クリー族のアイデンティティ構築における伝統食の役割
ヘンリー・シャープ(ヴァージニア大学)
変化する時間
コーヒー・ブレイク
セッション3:(続)
ノエル・ディック(サイモン・フレーザー大学)
北部サスカッチワンにおけるインディアン寄宿学校の政治学
ロビン・リディングトン(ブリティッシュ・コロンビア大学)・ジュリアン・リディングトン
デネ・ザのアイデンティティの維持:「私の覚えている物語、それによって生きる」
井上敏昭(城西国際大学)
グイッチン・ギャザリング:石油開発に対する先住民集会と現代社会における生計活動
10月13日(金)
会議登録(札幌天神山国際ハウス)
セッション4:北アジアとシベリア諸民族のエスニシィティとアイデンティティ
ユーハ・ペンティカイネン(ヘルシンキ大学)
北方のエスニシィティとアイデンティティの過程におけるシャマン期
山田孝子(京都大学)
自然との共生:サハのエスニシィティとアイデンティティ再構築へのメッセージ
エレーナ・グラヴァツカヤ(ウラル国立大学)
シベリア先住民における宗教的民族的復興
デヴィッド・アンダーソン(アバディーン大学)
ポストソビエト・シベリアにおけるナショナリティと原権
池谷和信(国立民族学博物館)
トナカイ遊牧の変化の中のチュクチのアイデンティティの継承
昼食
セッション4:(続)
呉人 恵(富山大学)
言語的アイデンティティとしてのコリヤーク語の名詞抱合
ミハリー・ホッパル(ハンガリー科学アカデミー・ヨーロッパ民俗学研究所)
民族的アイデンティティの政治学と今日の北方シャマニズム
ロベルテ・ハマヨン(高等研究院、パリ大学ソルボンヌ校)
ブリヤート共和国におけるアイデンティティの再構築と「英雄的」千年王国主義
コーヒー・ブレイク
セッション5:モンゴルと北欧サーミのエスニシィティとアイデンティティ
ダッシュツェヴェグ・ツメン (モンゴル国立大学)
モンゴル人集団の言語的、文化的、形態的特徴
阿拉騰(アラタ)(北海道大学)
チャハル・モンゴル人の生態的変化とアイデンティティ
雲 肖梅(北海道大学)
内モンゴルにおけるトゥメト・モンゴル人の民族的アイデンティティ
オーレ・ヘンリク・マッガ(サーミ大学)
ノルウェーのサーミにおける文化的権利:過去と現在
ハラルド・ガスキ(トロムソ大学)
紙の上のトナカイの群の移動:アイデンティティの新しい道を辿る
ホーカン・ルードヴィング(ベルゲン大学)
言語の熟達とエスニシィティ:サーミの例
総合討論 煎本 孝(北海道大学)
10月14日(土)
北海道大学植物園・博物館訪問 佐々木 亨(北海道大学)
昼食
講演会登録(北海道大学学術交流会館)
特別講演
1. 北方諸民族のエスニシィティとアイデンティティ
(煎本 孝 北海道大学)
2.デネ・ザ ファースト・ネーションズ:変化と継続
(ガリー・オーカー、デネ・ザ ファースト・ネーションズ)
3.現代北欧サーミのヨイク詩劇
(ニルス・アスラック・ヴァルケアポ、詩人)
閉会
歓送会
その結果、エスニシィティやアイデンティティは固定的、静的なものではなく、経済的、社会的、政治的状況のもとに変化し、また人間によって操作され得る動的なものであることが明らかにされた。さらに、アイデンティティの操作により民族的共生の場が作られることが可能であり、これが相互理解と紛争回避の役割を持つことが解明された。したがって、本国際シンポジウムにおいては北方諸民族の文化動態の現状に関する豊富な実証的データの提示のみならず、人類の相互理解と紛争解決への戦略という二十一世紀の課題に対する文化人類的視点からの成果が得られた。
なお、これらの成果は再検討された最終論文をもとに、学術図書として公刊されるべく準備が進められている。
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copyright © 2012 Takashi Irimoto