第2回北方学会国際シンポジウムを終えて   煎本 孝

「北方学会」の目的は多様な北方文化の研究と国際交流を通して人類の理解に貢献することであり、その主要な活動の1つとして定期的に国際シンポジウムを開催することがあげられている。この主旨に沿って、1995年10月13日−15日にかけ、第2回北方学会国際シンポジウム「北方民族の世界観―シャマニズムとアニミズムをめぐって」が北海道大学主催のもとに、札幌天神山国際ハウス、および北海道大学学術交流会館において開催された。
 本シンポジウムの目的は、北方ユーラシア、日本、北アメリカを含む北方地域の多様な諸文化における世界観をシャマニズムとアニミズム―世界の認識とそれに関わる人間の行動―という視点から比較検討し、その共通点と相違点とを明らかにすることであった。さらに、近年の急激な生態的、社会的、文化的変化の中にある北方諸民族の世界観とは何かということを文化人類学的視点から分析することにあった。同時に、これらの学術的動向と情報を広く一般市民に普及することを目的としていた。
 会議は、地域別の6つのセッション、および3つの特別講演からなり、日本の研究者をはじめ、カナダ、アメリカ合衆国、ロシア、ハンガリーフィンランド、中国などの研究者による発表が行われた。3日間にわたる計25件の発表は以下の通りであった。
10月13日(金)札幌天神山国際ハウス
 会議登録
 会議開会
 歓迎の辞(メッセージ)北海道大学総長 丹保憲仁、札幌市長 桂信雄
セッション1 世界観の科学と自然
 アト゜イ 豊岡征則「自然・人間・音楽―アイヌ民族の魂から感じる“第3の哲学”の創造と自然との共生」
 三上章允(京都大学霊長類研究所)「シャマニズムにみられる視覚的、聴覚的、身体感覚的イメージの神経生理学的基盤の可能性」
セッション2 日本とアイヌのシャマニズムとアニミズム
 司会 浪田克之介(北海道大学
 大林太良(東京女子大学)「アイヌにおける魂の観念について」
 煎本孝(北海道大学)「アイヌのシャマニズム―聖典・霊的治療者・演劇」
 笹森建英(弘前大学)「イタコにおける治療芸術」
 池谷和信(国立民族学博物館)コメント
セッション3 北アメリカ・インディアンのシャマニズムとアニミズム
 司会 出利葉浩司(北海道開拓記念館)
 ロビン・リディングトン(ブリティッシュ・コロンビア大学)「アメリカ先住民のアニミズムとシャマニズム―原初的“カトリック”の詩学
 ハーヴェイ・フェイト(マックマスター大学)「ジェームズ湾クリー社会における力―シャマン、狩猟ボスと現代の政略」
 ディヴィッド・スミス(ミネソタ大学)「チペワイアンの存在論の諸相」
 ヘンリー・シャープ(ヴァージニア大学)「非方向的時間とデネのライフ・サイクル」
 大塚柳太郎(東京大学)コメント
 歓迎レセプション
10月14日(土)札幌天神山国際ハウス
セッション4 エスキモーとイヌイットのシャマニズムとアニミズム
 司会 大江敏美(北海学園大学
 岸上伸啓氏(北海道教育大学函館校)「カナダのイヌイットにおける個人名、名前の魂と社会変化―カナダ、ヌナヴィークのアクリヴィック・イヌイットの事例から」
 セルゲイ・アルティウノフ(ロシア科学アカデミー)「ベーリング海峡エスキモーのシャマニズム的アニミズム的信仰における25世紀にわたる安定性と連続性」
 アン・フィエヌップ=リオルダン(アンカレッジ歴史美術博物館)「ユピックの図像と口頭伝承にみられる人間の感覚」
 澤田昌人(山口大学)コメント
セッション5 北方ユーラシアとシベリア諸民族のシャマニズムとアニミズム
 司会 大島 稔(小樽商科大学
パート1
 ミハリー・ホッパル(ハンガリー科学アカデミー)「シベリアのシャマニズムにおけるアニミズム的神話と補助霊」
 山田孝子(北海道大学)「現代のヤクートのシャマンにおける宇宙と霊的存在についての観念―アニミズム的信仰とシャマニズム的伝統の復興」
 ユーハ・ペンティカイネン(ヘルシンキ大学)「シャマニズムとアニミズム―北方の人の精神における自然の価値」
パート2
 ナスンブヘ(内蒙古大学)「モンゴルのシャマニズムと石崇拝」
 小長谷有紀(国立民族学博物館)「動物資源についてのモンゴル人の見解―屠殺儀礼の分析から」
 ナタリア・ズコウスカヤ(ロシア科学アカデミー)「トウンカ地域のブリヤートにおけるシャマニズム的・仏教的・ギリシャ正教的伝統の混合した像であるブガ・ノヨン・ババイ」
セッション6 総合討論「北方民族の世界観―アニミズムとシャマニズム」
 司会:浪田克之介(北海道大学
 煎本 孝(北海道大学
 山田孝子(北海道大学
 懇親会
10月15日(日)(北海道大学学術交流会館)
 特別講演「北方民族の世界観―シャマニズムとアニミズムをめぐって」
 セルゲイ・アルティウノフ(ロシア科学アカデミー)「ベーリング海峡エスキモーにおけるアニミズムとシャマニズム」
 ユーハ・ペンティカイネン(ヘルシンキ大学)「ナナイにおけるアニミズムとシャマニズム」
 煎本孝(北海道大学)「コリヤークにおけるアニミズムとトナカイの供犠」
閉会
 北方諸民族の世界観をその特徴であるシャマニズムとアニミズム、および両者の関係、さらにこれらと北方民族の生態、社会、文化との関係に焦点をあてた比較分析により、北方地域研究における多様な具体的事象の提示と文化人類学民族学における新たな理論的構築を行うことが可能となった。たとえば、人間の大脳の神経生理学と文化的認識との関係、アイヌ文化と北アジアあるいは内陸アジア諸文化との関連、先史学的資料と現代のシャマニズムとの連続性などが指摘された。さらに、従来のシャマニズム定義そのものをめぐって議論、検討がなされた。シャマニズムを自然的世界と超自然的世界との間の仲介者を伴う動的制度であると広く定義することにより、シャマニズムの文化的位置づけと同時に、広く人類学におけるシャマニズムの理論構築が可能となるであろう。
 なお、このシンポジウムにはカナダのブリティッシュ・コロンビア大学のリディングトン氏、マック・マスター大学のフェイト氏が参加された。また、カナダの北方アサパスカン語族チペワイアンについて、ヴァージニア大学のシャープ氏およびミネソタ大学のスミス氏が研究発表された。日本カナダ学会北海道地区の会員の方々にも発表、司会をはじめご協力いただいた。
 現在、会議において展開された各論文と新しい視点については、出版のための編集作業が進められている。前回の第1回北方学会国際シンポジウムの成果に基づいて出版された『周極地域の宗教と生態―北方の人類学(Circumpolar Religion and Ecology: An Anthropology of the North. University of Tokyo Press, 1994)』と同様、この第2回国際シンポジウムの成果が広く人間と文化の理解に貢献することを確信している。
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