北方民族のエスニシィティとアイデンティティ   煎本 孝

 現在の北方圏地域は急激な環境的、政治的、経済的変化に見舞われ、北方諸民族の文化は大きく変化しようとしている。この変化は個々の民族や国家の枠にとどまらず、今や国際的な課題として認識されるに至っている。北方諸民族の文化復興運動とアイデンティティ、民族と国家との関係の再構築、民族紛争とその解決、多様な文化の共存と相互理解などは21世紀に課せられた人類共通の課題でもある。
 そこで、各国の研究者たちによる多様な視点からの個々の事例研究の発表、討論に基づき、北方ユーラシア、日本、北アメリカを含む北方圏地域における諸民族のエスニシィティ(民族性)とアイデンティティ(帰属性)の実態に関する比較研究を行い、北方圏地域で現在進行している民族と文化の動態を明らかにし、21世紀に課せられた課題に対して文化人類学的アプローチから解明することが必要である。
 さらに、エスニシィティとは何か、アイデンティティとは何か、そして両者の関係はいかなるものかを明らかにすることにより、人類学の最も困難ではあるが同時に最も魅力的で挑戦に値する「人間とは何か」、あるいは「人類の相互理解」という、より普遍的課題へのアプローチを北方研究から提示し、文化人類学の新たな理論と方法論の構築を行うという学術上の意義がある。
 我が国はロシア、中国、モンゴルを含む北方ユーラシアと生態的、歴史的関係があると同時に、カナダ、アラスカを含む環北太平洋地域とも生態的、文化的共通性が見られる。このため、我が国はアイヌ文化、日本文化を含む北方文化研究において、従来より国際的に要としての地理的、学術的地位を占めてきた。さらに、近年、北方文化研究に関する日本独自の研究理論を構築してきており、本研究を通して東西の研究の交流、統合、推進を行い、その成果の情報発信基地としての役割をはたすことが国際的にも要望されているのである。
 平成3年には第1回北方学会国際シンポジウム「北方の宗教と生態」が北海道大学において行われ、平成7年には第2回北方学会国際シンポジウム「北方のアニミズムとシャマニズム」が北海道大学主催により開催された。今回、平成12年に計画されている国際シンポジウム「北方のエスニシィティとアイデンティティ」は、これらの成果と実績の上に新たな研究テーマを揚げ、北方文化研究をさらに展開、推進するものである。
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