東北アジア諸民族の文化動態   煎本 孝

 現在の北方地域は急激な環境的、政治的、経済的変化に見舞われ、北方諸民族の文化は大きく変化しようとしている。この変化は個々の民族や国家の問題にとどまらず、今や国際的な課題として認識されるに至っている。とくに、日本と歴史的、地理的に関係の深い東北アジアにおける北方諸民族の文化動態の解明は重要な課題となっている。
 このため、平成8年度〜平成10年度には文部省科学研究(国際学術研究)「東北アジアにおける北方諸民族の生態と世界観に関する文化人類学的比較研究」による調査研究が進められ、さらに、平成10年度には北海道大学教育改善推進費を受け、北方圏地域における諸民族の文化動態に関する研究が推進された。
 ここでは、現地調査による文化人類学的情報資料、および文献情報資料に基づき、東北アジアにおける北方諸民族の生態と世界観との動態的関係を整理、分析した。その結果、北方森林帯で馬、牛を飼育するサハ共和国のヤクート、北方草原帯で馬、羊、山羊、牛の遊牧を行う内蒙古自治区のモンゴル、北方ツンドラ地帯でトナカイ遊牧を行うロシア連邦共和国カムチャッカ北部のコリヤークというように、東北アジア北方諸民族は自然環境を異にし、牧畜形態も異なるにもかかわらず、共通するシャマニズム的世界観、儀礼の存在が認められた。
 さらに、このシャマニズム的世界観を中心に、伝統的儀礼の復興が各地で図られ、それが文化的アイデンティティの形成と深く結びついていることが明らかにされた。ヤクートにおいては、最も重要な儀礼であるウセフ(夏至祭)の復興、実施がシャマニズムの復興とともにヤクートの生態と世界観の象徴として文化復興の中核をなし、さらには民族のアイデンティティの基盤ともなっていた。また、コリヤークにおいてはシャマニズム的世界観に基づく狩猟、牧畜儀礼を中心に、伝統文化の継続と再生産が図られていた。さらに、内蒙古においては、治療を目的とする歌と舞踊からなるシャマニズムの実践が見られ、それがモンゴルの世界観とアイデンティティの再生産に深くかかわっていることを指摘することができた。
 北方研究は基礎的学術研究の充実と蓄積に基づき、将来展望の中で海外学術機関との共同研究、国際シンポジウム、学術図書の公刊を行い、同時に現代の新たな社会的要請に答えるべく、国内はもとより広く国際的にも最先端の研究、教育を推進、展開し、その成果の情報発進基地としての役割をはたすべきであろう。北方地域における諸民族の文化動態に関する研究はこの要となるものである。北海道という日本における地域的特色を生かし、また北方研究における北海道独自の国際的に重要な地位を鑑みるならば、北方研究の充実と展開は将来展望の中で重要な役割を担うものと考える。
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copyright © 2012 Takashi Irimoto