北方学の射程   煎本 孝

 北方学は、ユーラシア、日本、北アメリカの多様な北方文化の研究と国際交流を通した人類の理解に貢献することを目的としている。このため、北方学は北方文化の特質を明らかにすることのみならず、「人間とは何か」という人類学の命題、さらには、「人間はいかにあるべきか」という問いにも答えることになるはずである。北方学はあくまで北方という地域研究に立脚しながらも、人類に共通する普遍的課題を射程に入れているのである。
 人類進化における北方進出と適応、拡散の過程は現生人類の身体、文化、心を作り出してきた。北方文化の研究を通して、私たちは私たち自身を理解するのである。人々がいだく北方への憧憬は私たちの挑戦の歴史の記憶であるかも知れない。そして、この北方の歴史から学んだことを未来に生かすことは、北方学の使命でもある。
 たとえば、私たちは雪害という言葉をいとも簡単に用いる。もちろん、昨今の豪雪や雪崩による人々の生命や社会生活への影響は甚大なものがある。このため、人々の中には雪は害悪であり、これを取り除くべく対策が必要であるという意識が生まれることになるのである。しかし、何万年もの間、北方の人々は雪と共に暮らしてきた。冬の間、雪で家を造り、犬橇が走り人々や物が行き交うための道路とし、融かした雪を水として利用してきた。カナダ・インディアンは、夏は暑すぎるが、冬は気持ちが良いといって、摂氏マイナス三〇度の雪原を犬橇で走るのである。また、カムチャツカ半島のコリヤークも夏の間、離れて暮らしていた人々が冬には雪の上をトナカイ橇に乗って集まり、彼らが一年で最も楽しみとするトナカイ・レースの祭りを行うのである。雪害と呼ばれている雪を逆に資源として活用するという視点が北方文化から学ぶべき知恵なのである。
 自然の中で自然と共に生きるという人間と自然との関係の認識のみならず、人間と人間との関係の認識もまた北方文化に特徴的である。個人として独立していながら、必要な時には集団として人々が相互に助け合うという生態的、社会的関係は北方の人々の心を形成してきた。北方における厳しいと思われている生活は逆に人々の豊かな心を育んできたのである。私たちが直面する今日的課題の解決にとっては、このような心からの視点が不可欠なのである。震災の際も、また豪雪の際も、人々が助け合うという心の発動が人々を救っているのである。
 短期的な課題解決のための施策であっても、人間の理解に基づいた長期的な視野のもとで策定されねばならない。北方学の射程はこれを可能にするものである。北方学は人間を理解し、人々の幸せに貢献できるものと考えている。
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