北方学とモンゴル学   煎本 孝

 北アジア中央アジアは北方研究が対象とする重要な地域の1つである。ここには、北の北極海沿岸から永久凍土帯(ツンドラ)とその南に広がる北方森林帯(タイガ)を経て、内陸・中央アジアの草原、砂漠、山岳地帯へと続く広大で多様な環境が展開する。この北から南への植生と地理の変化は北アメリカにおいても見られる。しかし、ユーラシアでは、人間の生活様式において伝統的に牧畜が見られることが文化的特徴となっている。
 そこで、私は内陸アジアにおける研究の現状を知るために、1995年7月に中国内蒙古自治区を訪れ、首都の呼和浩特(フフホト)にある内蒙古大学において研究者たちとの学術交流を行った。当大学は1957年に設立され、現在13学部43専攻から成り、約5,000名の学生が在籍し、800名の教師と800名の職員がいる。モンゴル族に関しては1学部と5研究所において研究がなされている。それらは、蒙古言語文学学部、蒙古言語研究所、蒙古歴史研究所、周辺国研究所、内蒙古近現代研究所、蒙古文学研究所である。そして、これらの学部と研究所は、現在、「蒙古学研究院」という新しい建物にまとめられている。
 内蒙古大学の重要な役割は、モンゴル学と草原についての研究である。当大学は中国の少数民族自治区の中で最初にできた大学であり、学生の30パーセントが少数民族である。大学院は、5専攻の博士課程と12専攻の修士課程を有する。1978年には全国88カ所の重点大学の1つとして認められ、1993年からは国の計画により学校の規模の拡大と教育条件の改善が行われている。現在、「内蒙古大学21世紀計画」の準備が進められ、1950年から始まった自治区の5ヶ年計画の「第9次5カ年計画」と「2010年遠景目標計画」のもとに、大学の発展をはかっている。
 ここでの目標は、研究条件を「現代化」(建物、機器など物質的な面での整備)すること、そして、研究を国際的水準にすることであるという。モンゴル学は国際的に1つの学問領域になっており、世界の30カ国において研究がなされている。モンゴル学は従来、女真モンゴル族など中国でいうところの北方民族の研究を基礎においていた。しかし、現在は中国の領域を越えてアルタイ山脈のいくつかの民族も研究対象として含まれており、モンゴル学は中央アジア研究ともなり、国際的な比較研究の必要性が生じたのである。
 蒙古言語文学学部は現在も8名の日本人留学生がおり、内蒙古大学の学生と仲良く相互に教えあっており、良いことであるという。この学部は教授10名、助教授16名を含む45名の教師、職員から成る。主として、言語、文学、「新聞」という3つのコースから成る。言語は、アルタイ語モンゴル語族のドンシャン族、ダフール族、ボアン族の言語学的研究が行われている。文学はジャンガルと呼ばれる叙事詩を含む民間(口承)文学、モンゴル文学に関係する9世紀の文字の歴史と13世紀の碑文の研究、元朝秘史をはじめとする文献研究、モンゴルの詩歌など近代文学についての研究、モンゴル文学理論の研究が行われている。「新聞」とは報道の意味であり、ここで教育された学生は放送局、新聞社に行くことになる。また、1980年代から理科系と文科系の両分野の接した総合的分野の研究が注目されてきた。言語についてもコンピュータとの総合化が重要である。「現代化」とは現代的な設備を使って、このような新分野を開いて行くことであるという。
 研究成果に関しては、開放政策以後、すべて公開することになっており、定期的出版物として「学報」(季刊)があり、1995年第1期の時点で通巻73巻となっている。さらに、大学内に出版社があり、ここでは本を刊行している。また、1987年、1991年にはモンゴル学に関する国際シンポジウムが開催されている。資料収集に関しては、民間文学、方言調査、碑文などの文学資料と文献資料に重点が置かれている。大学にある内蒙古大学図書館の中で、特にモンゴル学と関係があるのは「モンゴル文献情報センター」である。また、蒙古学研究院の図書室は、1,700種類の貴重本と仏典から成る展示室、およびモンゴル研究に関連する7,000冊の本を収める読書室から成る。その他、小説など5万冊の本が書庫にあるという。
 モンゴル研究の問題点と将来の方向性については以下の通りである。モンゴル研究は北方の多民族を対象とするモンゴル学という1つの領域になっているが、その中には多くの分野を含んでいるため、一分野の研究のみで完結するものではない。特にモンゴル学というイメージには、主として歴史、言語、文学の3つしか認識されてはいなかった。しかし、たとえば歴史を研究するに際しても世界の歴史とつながっており、モンゴル学だけですべてを理解することはできない。また、歴史を研究する時も、文献が限られるため、当時の人々の文化ということも同時に研究する必要がある。将来は、モンゴル学を狭く限定するのではなく、関連分野を重要視することが大切であるという。
 北方学はモンゴル学との間で、研究対象とする文化や民族が重なるばかりではなく、北方諸民族の生態と世界観、アニミズムとシャマニズム、文化の伝統と変化など多くの共通する研究課題もあり、相互に協力できる分野である。現在、北海道大学文学部には3名の内蒙古出身の大学院生と大学院研究生が在籍している。また、1995年の学術交流をもとに、1996年度〜1998年度には文部省科学研究(国際学術研究)が両大学の共同で進められているという状況にある。さらに、モンゴル学は、日本においても従来より、歴史学言語学民族学などの分野において研究の蓄積もある。したがって、北方学とモンゴル学との学術協力はお互いの視野を広げ、教育、研究の将来に向けての展開にとって有効であると考えられるのである。
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